ペン粒卓球の日記

ペンドラを一時期していましたが才能に限界を感じて原点復帰してペン粒卓球に戻りました

2020年01月

こんな事書いたら日本の人から猛反対食らうかも知れませんが歴史の時事録として書きます
粒高の発祥は実は中国なんです
え?嘘でしょ?カール世界中で売れてるし日本でしょ?と思う方もいるかも知れませんが違うんです
参考文献がこちら
http://www.china-embassy.or.jp/jpn/whjls/t255646.htm
その文献の一つに日本のドライブに対抗する為に生み出された秘密兵器が今で言う粒高だったんです
当時は回転の変化が分からずドライブが入らず日本人選手が中国人選手に負けました
それで粒高フィーバー起きました
日本では海津選手、中国代表であり当時世界女王でもあった鄧亜萍選手や香港ではチャイポア選手等等名を上げました
日本では海津フィーバーが起きで海津選手のプレースタイルがブロックやカットを主軸にした卓球な為に日本では粒高=守備と言う考え方が根付いたのでミスを誘うスタイルが主流になりましたが中国では守ってミスを誘うのでは無く粒高で打つと言う文化が主流になりました
其れが今の日本の粒高卓球と中国の粒高卓球に受け継がれています
やっぱり今も日本の選手はバックのブロックやカットばっかりですが中国人は練習の時点で粒高で打つが出来る様になっています
実際周シントンと言う方は練習の時点で粒高フォア打ちをマスターしています
海津選手はアトランタオリンピック選手になった素晴らしい方ですがそろそろ日本も中国の粒高卓球を見習った方が良いです

タイトル通りです
画像はこちら
IMG_20200112_164635

ルール上一個でも粒が取れているとルール違反になりますので
実際玉突きしてみました
強く突くとしっかり弾みますが当てるだけど極めて弾みが弱いです
後厚塗り効果かも知れませんが回転がしっかり掛かってました
サイドスピン掛けてみましたらピン球は回ってました
つぶ高なのに粒高っぽくない半粒っぽいラバーになりました
意味無くね?と思う方いるかも知れませんが結局打てないと限界が見えてしまいますから粒高に厚塗り有りだと思います

偶然見つけたのでurl貼ります
https://news.yahoo.co.jp/byline/itojota/20200102-00156703/
見たら解ると思いますがやっぱり日本国内での粒高への考え方は

「守備」と言う考え方が根強いです

とにかく止めるまずは止める点数に絡むかどうかは解らないけど第一前提として止めると言う考え方が非常に根強く残っています
原因は恐らく海津選手だと思われます
それでアトランタオリンピック出ましたしステッカーになるほど海津フィーバーしていたそうです
ですが時代は2020年になりました
今や当たり前の様に裏ソフトも表ソフトも粒高もテンション加工が施される世の中になりました
粘着ラバすらも前加工ラバーと言うラバーが販売されています
キョウヒョウneo3とか代表的な例ですが
意図としてはテンション加工施す事でより飛んでより威力、スピードをだす為だと考えられます
そんな時代なので日本の指導者にこんな事言ったら反発されるかも知れませんが幾ら海津選手が立派であろうとも今の日本の粒高卓球では時代遅れと言わざる得ません
打たなくてひたすら止めるだけ、入れるだけ、返すだけと言う卓球はどう頑張っても地区予選敗退が関の山です
其れを乗り越える為には粒高での打法をしっかり身につけるしか有りません
粒高での下回転に対しての打法、上回転に対しての打法、ナックルに対しての打法これら最低3つを身につけるしか勝利はありません
上記の内容は日本国内では極少数意見ですが現実です
今世界ランカで活躍しているニーシャリエンと言う方が何故あれほど勝っているのかは単純にサーブがブチ切れであり残って来た球質を粒高の変化で崩して粒高で打てるからです
時たま反転していますがまずは打ってるからあれほど成果を上げています
成果が上がっているんですからそろそろ日本卓球界も見直して欲しいです

・・・多分無理ですけど

前置きはこのぐらいで本題を話して行きたいと思います
お題は

ラバー寿命と使用年数と今までの卓球の経緯について

です
基本僕は何度も張り替える事はしません
打球感が好みじゃなくラバー自体変える事はしますが一度定着したら何年も同じラバーを使い続けます
理由としては打球感が変わるのを恐れているため
また自分自身の練度が足りてない為だと考えているからです
なので定着したら何年も同じ物を使い続けます
高校生の頃なんて4年も全く変えずに使ってましたから
メンテナンスは毎日しっかりしてましたが
高校生当時のラケット構成は
スピンエースD(守備用反転式ペン)
フォア面にフェイントox
バックhiyaku(裏ソフト)
です
マイナーな裏ソフトですがサービスした後のピン球はしっかり回ってました
変えても良かったんですが僕の地元あんまり卓球が盛んな所では無いので
じゃそもそもどうやって手に入れたと言う話しになるんですが実は学生1年の頃全くの初心者だったから多分6000円ぐらいを当時の顧問に渡して買って貰いました
それが最初に述べたスピンエースD
フェイントox
hiyakuでした
流石に3年終わりの頃にはサービスが切れて無い感じと言うかサービス練習で「シュルシュルシュル」音が聞こえ難くかったですが
バックは「シュルシュルシュル」音が聞こえてましたがフォアが日に日に「シュルシュルシュル」音が聞こえて来なくなってました
流石に4年も全く変えずに使うとフェイントoxの変化が可笑しな事になってました
裏ソフトも練習後しっかりメンテナンスした為に回転の掛けづらさ具合は感じずむしろサービスだけは自信有りました
サービスだけは筋力が要らない練習の為に僕に向いていました
必要なのは感覚とラケットの動かし具合と理屈だけですから
但ドライブの練習を当時させてくれなかったからサービスした後の攻撃プランが持ち込め辛く良くも悪くもサービスと粒高の変化に依存してしまいました
ドライブを習得出来たらもっと強くなれると考えてましたが一番偉い顧問が教えてくれず逆にブロックの練度とプッシュの正確性だけの練習を仕込まれました
仕込まれたのである種限界を感じて引退しました
質が悪い事に本格卓球歴3年で全国出場果たしてしまいましたが
諦めず頑張っても良かったんですが顧問からの練習メニューがブロックとプッシュと基礎のフォア打ちだけと言う現実を4年も突きつけられましたから逆にこっちから振ってやった次第です
そして今だに日本の粒高卓球を見ているとやっぱりブロックとプッシュだけに絞られてしまうからある意味引退したのが正しかったかも知れません
続けた所で結局上に上がる程ブロックとプッシュだけでは勝つ事が出来ないですから
学生でこれですから実業団はたまたプロなんて夢のまた夢話です
今は大人の卓球と言う卓球スクールでアマチュアとして活動しています

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